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青年海外協力隊



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おいらは97年大学を休学してアジア貧乏旅行をした

ちょうど大学4年になる前だった

当時おいらは

将来何がしたいのか?何ができるのか?

全く分からなかった



以前にも海外に行ったことはあった

その時の経験は"新鮮な驚き"だった

大学に入るまで広島を出たことがなかったおいらは

ばりばりの広島弁を話してるにも関わらず

わしゃ〜標準語で話しょうるけえの〜

なんて思ってしまってた世間に暗い人だったのに

海外での経験、異文化に触れることが

自分の視野を広げてくれた



外国は、おいらに知らないことがたくさんあることを気付かせてくれたのだ



おいらはまだ知ってることが少なすぎる

もっといろんなことを知りたい

もっといろんな経験をしたい

将来自分が何をするかは

その後でも遅くはないはずだ



こうして旅に出ようと決めたのが96年の夏のことだった






1年間の旅に必要なものは何か?

健康な身体

安心して1年海外にいることのできる環境

(つまり、親や兄弟が皆元気で、仕送り等もしなくていい環境
 これがありがたいことだと、旅に出てから気付いた)

そして、最も重要なのがお金



96年の夏に休学することを決めたが

その時貯金は"0"

1年間の旅に持っていくお金は50〜60万

でも、引越しや休学費用等の費用が馬鹿にならず

目標を100万に設定

親の脛をかじるなんてカッコ悪いことはできないし

4月には日本を発ちたかったので

働いて、働いて、働いて、働いた…

本当に夜も寝ないで

そして、3月までには目標達成

100万貯めることに成功!

いや〜我ながら良く頑張ったな〜

なんて思ってたら、トラックの運ちゃんのバイト中、事故…

その費用で20万がパー

結局、日本脱出は5月になってしまった…



日本脱出には船を使った

大阪から船に乗り

2泊3日かけて最初の国"中国"へ

期待と不安の入り混じった1年間の旅の第一歩を踏み出したのだ…



旅の経過は割愛するが

中国に1ヶ月

ベトナムに2ヶ月

タイに1ヶ月

インドネシアに約半年

計約10ヶ月の旅だった



特に観光はしなかった

観光地化された所に魅力を感じなかったからだ

おいらの興味は、現地の人が日頃

何をして

何を食べて

何を考えて

生きているのか?

だから

いつも現地人と一緒にいた

拙い英語と片言の現地語で

現地人と何とかコミュニケーションを取ることが

おいらの旅の目的だった



そしていろんなことを知った

いろんなことを経験した

そして、いろんなことを考えさせられた



そこには"幸せ"があった

そこには"豊かさ"があった

そこには"優しさ"があった

そこには"力"があった

そこには"強さ"があった

しかし

そこには"貧しさ"があった

そして

そこには"無力なおいら"がいた

いい旅だった



日本へ帰国してから、おいらは自分が何をしたいのかを考えた

それは

旅でいろんなことを教えてくれた人達に

何か恩返しができるようなこと

日本人として、やらなければならないことだった



そんな時、協力隊を知った

説明会に参加して

「草の根活動」「現地の人と一緒になって」

という言葉が、おいらの心を動かした

そして、協力隊に参加することを決めた



でもその時

やっぱりおいらには何もなかった

大学で勉強したのは文化人類学だったけど

それで受けるほど勉強してないし

特技は料理ぐらいで

それも素人に毛の生えたぐらいのもんだったし

困った…

悩んだ…

考えた…



そして、日本語教師になることに決めた



なぜなら……



さて、ここまで読んでくれた方

非常感謝!

続きましては語り口調も変えまして

何の職種で参加するかにいってみましょう!



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